家庭と仕事と青年会議所・・・日々の自由気ままな奮闘記です
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さぁ、大晦日です。

昨年の今頃の心境を思い起こしてみました。

といっても簡単に思い出せることも無く、
昨年の大みそかのブログを見直してみました。

2011年度、天童JCの理事長!
という期待感よりも、

2010年度、地区委員長としてやり切った!
という安堵感が現れている文章でした。

ところが本年は、

2011年度理事長の職は、1月25日の総会まで続きますので、
何とも言えぬ複雑な心境での年越しとなりそうです。

もちろん、2012年度山形ブロックの会長としての
高ぶる気持ちもございます。

日頃から、理事長は「責任」を取る立場と言い続けてきましたので、
2重の「責任」を負いながら約1か月過ごす事になりそうです。

さて、この1年間、本当に色々なことがありました。

1月の新年会、総務グループを煽り煽られ、
私自身大きな挑戦?冒険?からのスタートでありました。
伝統は革新の連続!
どんな事にも挑戦し続ける、そんな天童JCの出立でした。

2月、敬愛する黒石の野呂ボスを講師にお招きし
何やら家庭訪問を受けた子どもの様な心境の中、
「組織進化」をテーマに対談を行いました。

3月、震災発生。
昨年東北地区の委員会で一緒に活動した黒田委員長が、
使命感を持って取り組んでくれました。
震災発生の夜、停電の中、天童JC事務局でロウソクの明かりのもと
二人だけで語り合った復興への道・・・。
決して忘れる事はないでしょう。

その後は、リーダーとしての真価が問われる、
決断の迫られる、そんな日々の連続でした。

開催目前まで準備の進んでいた事業の中止。

辛かったのは、私ではなく、事業を構築した委員長でしょう。
みんな嫌な顔せず、復興支援活動への振替事業を受け持ってくれました。

と同時に、
公益法人制度改革担当委員長には、
「震災を理由に申請時期を遅らせる事の無いように!」
と厳しい指摘もさせて頂きました。
私の心配は不用でした。
言わずともしっかりと準備を進めてくれていた星野委員長。
5月末には答申、7月登記。本当にありがとう!
7月末には先輩方をお招きしての移行報告会(祝う会)を開催。
先輩方にもしっかりと報告する事も出来ました。

夏からは、通常事業と復興活動の両輪。

全国中学生選抜将棋選手権大会では、
全国から集う中学生棋士に対し、
東北で開催する意味を感じてもらうために
サポートミーティングや復興応援旗の作成など
青少年育成事業としても意義ある大会でありました。

9月には、親学を育むことを目的に、
横峰吉文氏をお招きし、市民公開事業を開催しました。
子を育てる「親」が自らを律するべき!
そんな思いからの開催でありました。

10月には、天童の魅力を発信するべく
「天童の魅力盛りだくさんまつり」を開催。
開湯100周年を迎えた天童温泉との共催で、
多くの市民の皆様に参加いただき、
自らの住むまちの魅力を感じ、地域のたからを実感頂きました。

他にも、ここに書ききれないほどの事業を行いました。

年当初の計画に無い事業もありました。

いま必要と思ったから、皆で協議し開催することが出来ました。

我々JAYCEEは、変革の能動者であります。
様々な状況下に対応し、
ポジティブに前向きに、一歩ずつ前を向いて歩んでいくべきであります。

たとえ困難なことがあろうとも、
仲間がいれば大丈夫!

今年は、天童JCの頼れる仲間たちと共に、
大いなる前進を果たすことが出来ました。


さて、思い出を語ってる暇はありません。

明日を向いて、また歩いて行きましょう!

未知なる道を!


2011年

お支え下さいました全ての皆様、ありがとうございました。



最後に、忘れられない2枚。

DSCF6604.jpg
3月11日の晩、黒田委員長と共に、ロウソクの灯りで・・・。

DSCF7957_20120101020614.jpg
仙台の学生さん達との支援活動in七ヶ浜町





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【2011/12/31 23:05】 | 青年会議所
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